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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

平家の落人が住んだという、山里。
そこに、観光客にも、地元の人達にも親しまれる温泉があった。
鶴が傷を癒(いや)したというので、湯の鶴温泉。

いい温泉だったので、調べてみた。
温泉博士の松田忠徳は、新・日本百名湯に選んでいた。
    ※    ※    ※    ※

湯の鶴温泉は、水俣の市街地から、9㌔。


狭い谷を奥に進む。 里山の感じ。 あと3㌔。

12年2月15日 (1)
温泉街が見えてきた。

12年2月15日 (2)
建物は、湯出川沿いある。

12年2月15日 (3)

着いてすぐに、温泉に入った。 ほたるの湯。 200円。 水俣市営の公衆浴場。

12年2月15日 (4)

地元の人が5~6人、入っていた。 湯の温度は、少し高め。 ちょうどいい。
昔からの温泉は、少し高く。 新しい温泉は、低めの感じがする。  ※ 写真は、市のHPから。      

ほたるのゆ767

地場産の野菜などが売っていた。 たいてい安い。

12年2月15日 (6)

卵と漬物を買った。 350円。
  ※ 卵の黄身の色は、うすい黄色だった。 特別のエサでないと、この色なのか。
    ご飯にかけて食べた。 味が違うように感じた。

12年2月15日 (5)

温泉の地図。 旅館は5軒。 湯治客が多いのが特徴だそう。 1泊2000円から。

12年2月15日 (7)

温泉に入っている間に、雨は止んだ。 
 ※ 朝からずっと雨だった。 予定を変更して、どこかないか探した。 この温泉を見つけた。

12年2月15日 (8)

小さな吊り橋。 

12年2月15日 (9)

湯出川。 夏になったらホタルが飛ぶ。 河鹿(カジカガエル)が鳴く。

12年2月15日 (11)

※ カジカガエルの鳴き声は、美しい。



梅が咲いていた。

12年2月15日 (10)

橋から、下流を。

12年2月15日 (12)

自然の中で赤が似合うのは、不思議。 もで、木の実が赤いから、似合ってもおかしくないか。

12年2月15日 (13)

谷の奥。 温泉はないが、家並みは続く。

12年2月15日 (14)

大きな棚田。

12年2月15日 (15)

湯出川。 川原から湯が出ていたので、この名前か。
湯の鶴温泉は、傷にもいい。
だから、鶴が傷を治した伝説が生まれた。
   ※ 日本中に、名前に鶴の付く温泉は、20程ある。 
   ※ 鶴の付く宿も多い。 阿寒の鶴雅は有名。

12年2月15日 (16)

温泉にある伝説は、大きく2つにわかれる。
一つは、ここのように、動物が傷を治していたので、発見。
もう一つは、弘法大師か誰かが、杖をさしたら湯が出た。

山の上の道を通っている。

12年2月15日 (17)

細い道を下りる。 露天風呂からの声が聞こえた。 右から。

12年2月15日 (18)

降りたら、橋。 こんな道の散歩は楽しい。

12年2月15日 (19)

湯の鶴温泉は、昔ながらの温泉。 
黒川温泉のように、完璧に整備はされていない。
こういう温泉街が、生き延びる道は、何かありそう。 他とは違う魅力で。

小さな橋がいっぱいある。

12年2月15日 (20)

ミニ公園の感じ。 花が咲くと、美しくなる。

12年2月15日 (21)

感じのいい橋。 温泉旅館への道。

12年2月15日 (22)

平家の落人(おちうど)が来たとある。
※ この可能性は、あるようです。 八代から水俣の山の中には、実際に入っている。
  こんな願いもあった。
  自分たちの祖先が、平家や源氏だったらいいなと。
※ 川にお椀とかを流して、見つかったこともある。 平家の追討は実際に行われていた。
  
12年2月15日 (23)

温泉街の通り。

12年2月15日 (24)

この雰囲気はいいですね。

12年2月15日 (25)

水が青い。 きっと、川を大事にしてますね。 
※ 台風の時は、ここを濁流が怒濤のように流れる。 だから、建物は高い位置。

12年2月15日 (26)

今日は、気温が10度ほど。 暖かい。  ※ 2、3日後、雪の予報がある。 

12年2月15日 (27)

この人達は、入れる温泉を探していた。 左の人が、教えてる。 石段を上がると、ほたるの湯。

12年2月15日 (28)

下流。

12年2月15日 (29)

散歩しながら、温泉神社を探していた。 見つけられなかったので、再度、同じ道を歩いた。
ほたる橋を渡ってここに。 入り口を見つけた。

12年2月15日 (30)

神社には石段がある。 上からの風景がいい。 それが魅力。 
建物は、最近じっくり見ない。 全体の雰囲気だけ。

12年2月15日 (31)

温泉街は、狭い谷に集まっている。 昔の方が今より賑わった。 楽しみが少ない時代だったから。

12年2月15日 (32)

雨模様の日は、山に霞みがかかる。

12年2月15日 (33)

それって、元気に走って登る。

12年2月15日 (34)

湯の鶴温泉神社。 昔は、温泉街の真ん中にあった。

12年2月15日 (35)

これが、雪のない九州の冬。 緑があっても、花が無ければ、冬。 
春は、もうすぐ。 
※ 春が呼んでいる、とう素敵は歌がある。 ひばりの子、の歌詞で始まる。 いつか紹介。 忘れなければ。

12年2月15日 (36)

小さな温泉、湯の鶴温泉でした。
魅力的な小さな温泉は、たまに、見かけます。

そう言えば、鹿児島の開聞岳の近くに、鰻温泉(うなぎおんせん)があります。
通りの、そこらじゅうから湯気。 冬なのに、暖かい。
西南戦で亡くなる前、西郷隆盛は、そこの温泉に来ていた。
ゆったりと過したのは、その時が人生で最後だった。

温泉は、こころを安らげて、くれますね。


【今日の歌】
本田美奈子です。 彼女は30代で亡くなるが、上手でした。 クラシックでも通用するほど。
病名は、急性骨髄性白血病。 普通のとは少し違って、治すのは難しかった。
気づいて亡くなるまで、1年。 あっと言う間だった。 でも、彼女は多くの作品を残した。
今日紹介するのも、その一つ。



ミュージカル、「ミス・サイゴン」のヒロイン、キムを演じた。
キムは、公開オーディション。 プロも入れて、1万5千人が受けた。
その中に、大竹しのぶもいた。 キムは、本田美奈子に決まった。 
彼女は、ミス・サイゴンを通して、大きな評価を受けた。

なお、若い時の本田美奈子を支えたのは、AKBの秋元康。 

※ スケートのキム・ヨナに、キムがつく。 彼女の2008年のフリーの曲は、ミス・サイゴン。
  圧巻の滑りをする。
※ 明日の歌は、ミス・サイゴン。 スケートも。 



【道の駅】    みなまた

【明日の予定】  出水市の武家屋敷

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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水俣病の問題は、足尾鉱毒事件と違って、戦後に起きている。
でも、水銀は流され続け、被害者の救済には、気の遠くなる程の時間がかかった。
この国の何に問題があって、こうなったのでしょう。

予想されたことはあったのですが、水俣市に来なければ、分からないこともありました。

問題は、たいへん複雑だった。 整理できない状態。
それで、当時、チッソの社長や国が、どんな発言をしているかを、探してみた。
    ※    ※    ※    ※
水俣市は、鹿児島県との県境に近い。


丘の上に、建物はあった。
写真の右は、国立の水俣病情報センター。 左が、水俣市立水俣病資料館。

12年2月14日 (2)

最初、国立の情報センターに入った。

水銀を海に流したのは、チッソ株式会社。 ※ 略して、チッソ。
説明のスタートは、こうだった。
「 会社の役割  日本を支え、発展させる原動力 」
チッソがその役割を果たしている、と受け取れるように、まず強調していた。

長崎の国立の施設もそうだったが、被害者の視点で物事を考えているのではなかった。

直ぐに出て、市立の水俣病資料館に入った。 写真は、どちらも全く撮れない。
市は、被害者・水俣市民・チッソ・県・国に配慮しなければならない。
考えを主張するのは難しくなる。
だから、資料を展示するのが基本に。

被害の状況や解決に向けての取り組み、被害者の声などが、展示されていた。

下の動画の後半に、被害者の状況が出てくる。



下は、被害者の声。 患者が、孤立して行ってるのが分かる。  ※ 冊子を撮影。

12年2月14日 (14)   12年2月14日 (15)

12年2月14日 (16)

水俣病に関する情報は、一つになっていない。
立場によって言ってることが違う。
Wikipediaも、何か書いても、情報源が強く求められる。

何があったかは、「発言」を通して見えてくると思い、それをネットで探した。
発言の他も、少し。

※ 下の発言の一つ一つは、100%信用されている物ではないが、全体を通して見えてくる物がある。
※ 私は、ほぼ信用している。

 ○ 「死んだ魚を食べる乞食がカネせびりに来たな」
   「腐った魚を食べるから汚い病気にかかる。伝染るから近づくな」(チッソ関係の人間が)

 ○ 「ネコ踊り病」「ネコてんかん」「ヨイヨイ病」などと恐れられていた。

 ○ 「お金目当てに水俣病のふりをする」「診断に際してウソの申し立てをする」
   「水俣病というのに元気に働いている」

 ○ ・水俣病の原因が工場にあると知りつつ稼働続行。
   ・患者・家族に謝罪したが補償に応じず。

 ○  ~~連中は国家云々という言葉で、支援団体を挑発している。 
            ※ ~~は、ある団体。 どこから金がでているのか・・。

 ○  原因が『チッソの廃液』と認定されてからも、工場は湾に廃液を流し続けた。

 ○  水俣病の場合は、企業(チッソ)も政府も熊本県も、長年にわたって、チッソのメチル水銀(有機水銀)が原因であることを否定しつづけました。
    医学界の権威者のほとんども水俣病を認めませんでした。

 ○  通産省は、より強い対策を求める声が上がるたびに、「工場が原因かどうかはわかっていない」という主張を繰り返し、要求や要請を突っぱねた。

 ○ 「工業化のためなら、海洋汚染もやむをえない」
   「すみやかに漁業から撤退し、転業されたい」
   「日本は貿易立国でいくんだよ。 だから沿岸は汚してもしょうがないじゃないか。外国の沖へ行って魚をとったらいいじゃないか」
  ──こんなことを平気で言い放つのが日本の官僚です。

 ○  チッソ水俣工場は1959年にサイクレーターを工場内に設置した。
    汚水から水銀を除去する浄化装置との触れ込みだった。
    完成時にはチッソの社長自らがこの装置を通した水を飲むというパフォーマンスを演じる。
    実はそんな機能は全くなかった。 

 ○  65年N新聞水俣支局にN氏が着任した。
    挨拶回りで市の担当者から言われた「水俣病は終わった。もうさわらんで欲しい」。

 ○  まだ魚を食べたら危ないって誰かが言ってくれれば、もっと早くに排水が止まっていれば、
    危険性がもっと叫ばれ続けていれば、有機水銀に侵されなかったかもしれない。

 ○ 「行政にやられた。でもその行政にだまされたマスコミもつまらん」

 ○  特集「ニセ」水俣病患者260万円賠償までの40年。
    1997年ある週刊誌に扇動的な見出しが踊った。
    政治決着に応じた被害者たちを「詐病のニセ患者」扱いする記事だった。

 ○  熊本県議が認定申請者の中には補償金目当てのニセ患者が多いと発言した

 ○  2009年の環境省の原徳寿氏の暴言。
    不知火海沿岸では、体調不良をすぐ水俣病に結びつける傾向がある。
    あそこでは、医学的に何が正しいのかは分からない。

 ○  チッソは当時の高度成長策という国是の尖兵であるばかりでなく,水俣市の絶対的城主,熊本県の代表的企業だったからである

何故、国や県は、被害者(庶民)の方を向かないのか。
これは、明治に入って、ずっと続いてきたこと。 最近、少しは変わって来たが。
政治家は、選挙で会社関係の票を、丸ごともらって当選した。 当然、会社を大事にする。
庶民の面倒を見ても、直接には票にはならない。

企業と親しくなった政治家は、みな御殿が建った。 土木族とか、~~族と言われる政治家が横行した。

資料館に、杉本家の水俣病50年、の展示があった。 その中に、下のがあった。
 「 知らないのは罪 知ったかぶりはもっと罪 嘘を言うのは、もっともっと罪 」

石牟礼 道子(いしむれ みちこ)という作家が、こんな文を。
 「 わたくしのゆきたいところはどこか。
   この世ではなく、あの世でもなく、まして前世でもなく、もうひとつの、この世である 」

いくつかの文をメモして、出た。

資料館の前から、水俣の市街が見えた。

12年2月14日 (1)

獅子島が見えた。 いつだか、行った。 鹿児島県長島町の島。 一番高い所に登った。
島の人たちは、水俣が近いから、買い物は水俣だよって、言った。

12年2月14日 (3)

中央は、長島。 長島町の中心の島。 明日か明後日には行く。 お世話になってる、Uさんがいる。

12年2月14日 (4)

ここで獲った貝をたくさん食べて、水俣病になった。 今は、大丈夫。

12年2月14日 (5)

知らなかったが、この辺り一帯が、埋め立て地だった。 水銀を封じ込めたと説明にある。
※ どんなに工夫しても、いつかは漏れだすのではと、少し不安。

12年2月14日 (6)

水俣の海。 埋めた地は、整備されていた。
※ 水銀を流して、チッソは莫大に設けた。 その後始末に、485億円。
  東電の後始末にも、莫大な税金を使っている。
  利益は会社に。 後始末は国(みんな)で。 同じ構図。

12年2月14日 (7)

地下に水銀が無いと分かれば、美しさは、数倍になる。

12年2月14日 (8)

12年2月14日 (9)

道の駅は、埋め立て地の中にあった。 埋め立て地は、エコパーク水俣、と呼んでいた。
現在地に、道の駅。

12年2月14日 (10)

地元出身の漫画家が描いた。

12年2月14日 (12)  12年2月14日 (11)

地元の人の声が聞けないかなと、少し歩いた。 ある食堂に入った。

12年2月14日 (13)

食べ終わった時、他の客はいなかった。 年配の店の人に聞いた。
この町は、水俣病で苦労したね、って話した後、
「とうさんは、苦労しなかったの」って聞いた。

「山ほど食べないとならない」「病気だと言ってるのはみんな嘘」「お金が欲しくて言ってるだけ」

私は、実際に病気になった人がいるよ、と言ったら、
「病気なのは、一部の人だけ。 ほとんどは、お金が欲しいから言ってるだけ」

海が汚れて、チッソに恨みはないの、って聞いたら。
「ない、まったくない。 感謝してるくらい」

とうさんの親族は、旅館か何かを経営していた。
チッソが、宴会とかで使ってくれた。 世話になった。

水俣市には、チッソの会社があることによって、潤ってる人達もいた。
生活があるから、儲けることが一番。 病気や海の汚れは、次のことになった。

市民が分断していったとは、このことだった。
会社だけでなく、利益優先の考えは、市民の中にもあった。

水俣市全体が、一枚岩で戦った訳ではなかった。
解決が長引いたのは、このことにも原因があった。

無念の思いを声にも出せず、多くの人が亡くなった。

被災者の救済は、大丈夫なのだろうか。 
  ※ 体調が悪いのは水俣病のせい、と言う人は出てくる。 これは、仕方ない。
    金欲しくて言ってるだけだと、国民の視線をそっちに向けようと、意識的にやってる者がいる。
    それを感じたでしょうか。    

教訓を声高に叫んで、救済が霞むのは、よくないですね。
教訓にお金はかからない。

チッソのしたことは犯罪。 その辺が、どうもはっきりしない。
 

【今日の歌】
八代市(やつしろし)を通って、水俣市に来た。
八代市は、八代亜紀の出身地。 

中学卒業後、バスガイドをした。 でも直ぐに、父親の反対を押し切り上京。
銀座のクラブ歌手となり、スタンダードやポップスなどを歌った。
1971年、テイチクより「愛は死んでも」でデビュー。 21歳。

舟唄もいいが、愛の終着駅もいい。



テレサ・テンは、澄んだ声で歌う。 歌姫。



私が一番好きなのは、彼女が歌う、愛の終着駅。 あんまりいいので、愛の着駅。
細い肩で歌う。 キュンとくる。  ※ YouTubeからは、消えていた。




【その他】  今日の、ネットのニュース。 大川小です。 あと5人。 見つかるといい。

12年2月14日 (17)




※ 関連ブログ  大川小学校に行ってきました。~保護者が疑問を持つ理由は・・。~  他  (2011/4/15)

【明日の予定】  出水市

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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