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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

出水麓のバッジを持っていて、それを見せたら今年いっぱい無料。
もったいないから、もう1つの家を見学。

魅力は分からない。
行ってから探すことに。

午前中に、車の電気関係などの整備は完了。
自分は釣り。

一旦長島を離れ、正月にもどって、その後北上開始。
今後は、そんな予定。
    ※     ※     ※     ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に)

出水麓は今回3回目。

s-17年12月22日 (28)

赤〇の長島町指江(さすえ)に、社長さんの会社。

s-17年12月22日 (1)

久しぶりの釣り。   指江港。
本格的でない遊びの釣り。

s-17年12月22日 (5)    s-17年12月22日 (4)

竿の鈴が大きくなった。
カメラを準備してたら、竿先はちょっとしか動かなくなった。

魚は食いついていて、暴れなくなった。  観念したのか。



小さい。 10㌢ちょっと。   アラカブの子供か。  
食べたらバチ当たりそう。  放した。  これできっと、いいことある。

s-17年12月22日 (6)

この冬から冷蔵庫を使っていない。
冬は、車の中が冷蔵庫になると、やっと気づいた。

シャー室やベッドの下は、寒い時は10度以下。
電気に余裕が出てきた。

バッテリー関係も調子よく、車の整備は今日でお終い。
社長さんには、またお世話になった。

午後、出水麓に向かった。

s-17年12月22日 (2)

今日は、左の税所(さいしょ)邸の見学。   珍しい苗字。

s-17年12月22日 (7)    s-17年12月22日 (8)

ここだけ見学は、300円。  歴史館などまとめて、500円。  
敷地は、道より少し高い。   道が掘り下げられて低い。

s-17年12月22日 (9)

ここの持ち主は、元々の人ではないと、他で聞いた。

s-17年12月22日 (10)    s-17年12月22日 (11)

先日見学した隣の竹添邸もこの感じ。  曲り屋のよう。

s-17年12月22日 (12)


噯(あつかい)役とある。  上から2番目で、何名かいる。   いちばん上は地頭。

  ※ 噯には、仲裁・調停の意味が。  仕事の中身が見えますね。

s-17年12月22日 (13)       s-17年12月22日 (14)

向こうの台所の方にも、囲炉裏がある。
広い家だから、冬は寒そう。

明治に大火があったから、明治の建物ですね。

s-17年12月22日 (16)

手前から下座敷、次の間、上座敷の順。   3つ並んでいたら、どこもこうかな。

s-17年12月22日 (15)

使用人は、何人ほどいたのでしょう。

s-17年12月22日 (17)

古い文書が貼ってあった。  この家の人の、日記。

s-17年12月22日 (18)

税所篤明という人が、京都での仕事を命ぜられた。
鹿児島から船で。

京都に行ったら、蛤御門の変があったと。
これは、禁門の変のことですね。

薩摩は幕府側で長州と戦った。 上の人が一緒に戦ったかは分からない。

s-17年12月22日 (19) 

税所篤明の仕事は、どこでしたのか。
それは、赤〇の薩摩藩邸ですね。

下の紫〇は、蛤御門(はまぐりごもん)。
禁門の変は、この辺りでの戦いが激しかったので、蛤御門の変とも。

薩摩藩邸のすぐ近く。

西郷さんを中心とした薩摩藩と長州藩の、連合に向けての話は、禁門の変の後、薩摩藩邸で。
仲立ちで活躍したのが坂本龍馬。

この話し合いには、小松帯刀(こまつたてわき)も。

薩摩藩邸は、あと1年ほどで他に移る。
薩長連合の話は、小松帯刀邸で。

印の所。
ここで、話がまとまる。

薩摩藩邸の場所は、人手に渡って、その後新島襄に。
新島は、そこに同社大学を。 今も、その一帯に広くある。

こう云う日記とかで、歴史が細かく分かって来るんですね。

s-17年12月22日 (3)

広い場所で、武術の稽古でしょうか。   剣は示現流。

s-17年12月22日 (20)

上座敷を見るのを忘れてた。

s-17年12月22日 (21)

この部屋で客をもてなす。

s-17年12月22日 (22)

絵は、一流ではないけど、それなりの人の絵。   本物でしょうか。

s-17年12月22日 (23)    s-17年12月22日 (24)

藩主を頂点にした、細かな決まりの中で、上級武士の仕事は行われていた。
失敗したら切腹。  そんな心構えで日々過ごしていたでしょうね。

藩主が死んだら、後を追う者さえいた時代ですから。

s-17年12月22日 (25)

薩摩から戊辰戦争とかに行くとき、あちこちからまず出水麓に集まる。
そうして、薩摩街道を北上する。

ここは、薩摩からの出口。

ここの家も、広い畑は売った。
家そのものも売って、別の人に。

管理してた人は、ここの歴史は理解していなかった。
何聞いても・・・、って感じ。

s-17年12月22日 (26)

見学していたときに、シラス像の作者に出会った。
歴史に興味がある人で、いろいろ話した。   隣の家に小松帯刀の像が。 彼の作品。

s-17年12月22日 (27)

出水麓に山田昌巌という人がいた。 
地頭であり、出水麓のトップに。

どうしてなれたか。
関ヶ原で、島津義弘は西軍。

負けて、敵陣突破して薩摩に戻った。
有名な話ですね。

これを成し遂げたのは、山田昌巌の知恵があって。
島津義弘は、その恩に報いて、彼を地頭に。

【道の駅】    たのうら

【明日の予定】      八代のイオンで買い物。    社長さんたちが来る。   その後は、五木に向かってみるか。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
                         (2008年4月~2010年9月までの
.記事)

         meisigazoupppm.jpg

 ※ プロフィール・・・。 ⇒  ppkkpkk44xxx.jpg  2015021215202259f_20150219173812c9f.jpg  今までの記事には、この2枚だけ。

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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